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他者と比べることの無意味さ

私たちは、常に

自分と他人を比べている生き物です。

能力や収入、容姿、持ち物

どんな生活をしているかなど

他人を見て、自分の位置を知りたがっています。


たとえば、学力やスポーツなどの成績を

共に競い合い、高め合うのであれば

それは、好敵手となって、良いご縁の存在です。


しかし、相手が自分より上に行かないように

邪魔したり、足を引っ張り合うのであれば

たいした成果も結果も出せないで

出せたとしても、頭打ちして

ただただ、時間と自分の可能性を

無駄にしているだけになります。


どうしても比較したいなら

お互いに高め合う、好敵手を見つけましょう。


しかし、やはり比較には意味がありません。

同じ課題をしている、自分よりも優秀な人を

目標にする比較は、自分を磨くための

良い対象なのですが

自分とは違う課題に取り組んでいる人を

自分の課題の基準に当てはめて

批判したり攻撃するのは違います。


人はそれぞれ

違う課題を持って、生まれてきています。


お金の学びをしに来ている人。

恋愛を学びに来ている人。

人間関係を学びに来ている人。

自分の限界に挑戦しに来ている人。

弱者を手助けしに来ている人。

様々な学びがあります。

その学びの中でも、テーマは同じでも

具体的に学ぶことや

学ぶ方法は、それぞれに違います。


生まれた時から 名家でお金持ちで

すべてに恵まれていて

誰もが羨ましがる環境でも

今生は、人間関係の学びで来ていて

複雑な人間関係に疲弊していたり

恋愛を学びに来ていて

好きな人との結婚が許されず

親の決めた人と

結婚しなければいけない。

けれど、好きな人を忘れられず

断ち切れないと悩んでいたり

あるいは、家を守っていくため

家業を継ぎ、家のために生き

自分の夢を諦めているかもしれません。


世代別でもそうです。

何千年の大昔から、中高年たちは

「今の若い者は…」と愚痴を言います。

しかし、その中高年たちも

若い頃は、年配者たちに色々と言われてきました。

私たちは、時代や場所を選んで生まれています。

自分の学びに合った、時代や場所や環境を選んで

自分の学びに取り組んでいます。


以前、読んだ本で

「戦争をしている国や

水や食料が不足して

困窮している国に生まれる人は

どんな課題を持って生まれているのか?」

という質問に

「生きる、ということを学びに来ている」

と回答されていました。

必死で生きる、純粋に生きようとする学びなのだそうです。

一切の欲望を捨てて、懸命に生きよう

与えられた生命を生かそうとする

魂たちなのだそうです。


過去世では、修道女として生き

今生では、愛人を何人もつくることを

選んでいるかもしれません。

過去世では、残酷な暴君だったのが

今生では、難民を救うために奔走することを選

んでいるかもしれません。

両極端な人生を何度か送り

やがて、だんだんと振り幅が小さくなり

いわゆる「普通」の人生になっていきます。


誰が、どんな学びで

今生、生まれてきているかわかりません。

一見、非常識に見えたり

豊かさに、あぐらをかいているように見えても

それは、まだ学びの途中です。

そして、「学び」とは

今生の1回だけでなく

時代を変えて、何度も学びに来ています。


善人として生きる時代もあれば

悪人として生きる時代もあるのです。

光も闇も、すべての体験をして

ようやく私たちは完成します。

光だけを学んでも、完全ではありません。

同じだけの闇を学ぶ必要があります。


私たちは、皆、学びの最中の未熟な存在です。

持っているものは、それぞれ違うけれど

それは、今生の課題のためのアイテムなだけで

私たちは、同じ存在であることがわかれば

他者と比較する意味がないことがわかります。

すべきことは、ただ一つ。

自分を磨くことに集中することです。





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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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みゃみゃさん♪

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

おおお…実母さんと義母さんの、その差を間近で見てると
たしかに、感情的にはイライラしますね~^^; 
でも、過去世、現世、来世を通して学んでおられる最中で
今の状況の意味は、私たちにはわかりませんね。
お義父さんの徳を積ませてあげてるのかもしれませんし
二人の母親の姿を見て、皆それぞれに何かを感じ、生き方などを
考えるきっかけになるでしょう。
どんな状況にも、感情を外して見てみると
色々な学びが組み込まれていることに気づきます。

とはいえ、人は感情をもってますから
腹が立ったり、イライラしてしまいますね。
それは自然な感情ですし
無理に抑えることもよくないので
上手にイライラを発散してくださいね^^;

最近は、左利き用のハサミや包丁やがま口、文具など
色々ありますから、そういった物も利用して
がんばり屋の実母さまの日々の暮らしが
少しでも楽になっていってほしいです^^









いつもながら

まきこさんの仰る通りよね~と
いつも拝読してますが、
今日は「腑に落ちた」ことがございましてご報告!

実母が年明けに左脳出血で入院し、右半身麻痺になり。約半年のリハビリのお陰でなんとか寝たきりは免れ、退院までこぎ着けて。右手はまだ使えないものの、利き手ではない左手を使って料理をしたり、洗濯物を干したりと
本当に努力の人を間近に見つつ。
かたや、義母は視力や筋肉が落ちたとはいえ自力で出来ることは沢山あるのに、
義父に頼りきりで、自分ではほぼ動こうとせず、努力を諦めている人と。
両極端を見せられ、義母を見ていてイライラがマックスなお盆中で(--;)

ふと「なぜ私はこんなにイライラしているのだろう」と考えたら
実母と義母を比べていることに気づきまして。
育ってきた環境も、性格も全然違う人が
同じ努力を出来るはずもない(発想もない)し、そもそも同じである必要がないのね、学びが違うんだから!
そこを私の勝手な理想に当てはめようとするからイライラするのか...と思い至りまして(^_^;)
またこの記事を見返して、1度目にしたときとは違う刺さり方をしたので
つい長文のコメントしてしまいました(^^;)

いつも気付きの記事をあげ続けて下さって
ありがとうございます!!
プロフィール

まきこ

Author:まきこ
夢の声を通訳しています。
夢を通じて、守護の存在や
天からのメッセージを受けとって
夢見者にお届けしています。

夢解析師
臼井式(西洋式)レイキティーチャー

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