自分を責める魂たち

私に、ご依頼を下さる方々の多くは

自己否定、自己卑下、自己の低評価

自己犠牲の傾向があります。


それは、今生で親御さんが厳しかったり

責めるタイプの人と接することが

多かったりというのもありますが

「僧侶」や「シスター」のような

「聖職者」の過去世を持っている場合が多いです。


この方々は、かつて

悩める人々の、苦悩を聞く役割をしていました。

懺悔する者を責めるのではなく

赦しを与える役割を担っていました。


そして、聖職者たちは

自分たちの煩悩を抑える修行をしていました。

煩悩や本能を「悪」「未熟」「穢れ」と位置づけ

それらを抑える訓練をしてきました。


その聖職者の過去世の影響が強いまま

今生、生まれてきた方々は

不条理なことをされても、我慢してしまいます。

「自分にも非があったんだろう」と思うことで

自分の感情を抑えてしまいます。


聖職者の魂を持つ人には

過去世で関わりがない人でも

その魂に反応した他者に

不条理な感情をぶつけられたりします。


ぶつけてくる側には

明確な理由はありません。

嘘だと思うなら、聞いてみてください。

「私が、あなたに何かしましたか?」と。

おそらく、納得できる返答はないでしょう。


私は何度か、聞いたことがあります。

私は、どこかイライラしている人に

感情をぶつけられる事が多くあります。

学校でも職場でも、納得のいかない八つ当たりを

されることが多いです。


中学生の時は、同級生に「おはよう」と言ったら

いきなりビンタされた事がありました。

その子は、私だけに、そのような態度をとることが

たびたび ありました。

普通に話してたかと思うと、突然、怒り出して

私を責めたててきたりしました。

その会話に、何か問題があったかと

周囲の子に聞いてみても

私は、怒らせるようなことは

何も言っていないと、みんな言いました。

さすがに、朝の挨拶をしたのにビンタはないだろうと

かなり腹が立ってきて、直接 本人に抗議しました。

「私、何かした?いっつも、なんで私には ああいう態度なの?」と

すると、彼女は

「ごめんごめん。イライラしてて。

だって、いっつもイライラしてる時に

あなたの顔が、目に入ってくるから。

あなたは怒らないと思ってたから」

と、申し訳なさそうでもなく、ヘラヘラ笑って言いました。


その後も、人は変わっても、こういう目に遭うことは

多々ありました。

社会人になったら、なぜか評判の悪い上司や

先輩にばかり当たってしまい

不条理な八つ当たりを受けました。

体調を崩すまでなり、いよいよ耐えられず

辞めることが多かったです。

辞める段階になって、上司に謝られたことがあります。

「辞めないでくれ。オレが当たってばっかりだったからだろう?

つい甘えてしまってた」 と。

また、女性の先輩は、辞めた後に電話で

「あなたが、どれだけ私を支えてくれてたか思い知った」と

言っていました。

私が辞めた後、彼女の盾になる人がおらず

次々に新人が辞めていったり

彼女の不安定な感情を受け止めながら

仕事を進行していく人がおらず、部署を移動になったと

他の人から聞きました。

仕事はできる人だったので、上司も困って

1人で仕事をする部署に移動という形をとったそうです。


この人達だけではありません。

常に、誰かにそういう目に遭っていたのですが

いつも、間違いなく、問題を抱えた人達が

私にそういう風に関わってきました。

中学生の時の子は、後に両親が離婚して引っ越しました。

移動になった先輩は、数年後、離婚したそうです。

ほかにも、親が厳しいと有名だった家の子や

高学歴一家の子、家族関係が冷えきっていた家の子や

常に自慢話をしていないと気がおさまらない人などに

(私の感覚として)つきまとわれる事が多かったです。


「あなたは、何をしても怒らないで許してくれるから」

「あなたは、わかってくれるから」

共通して、皆がそう言いました。

私は、怒っていたし、やめてほしいと伝えているつもりでしたし

あなたの都合なんて、こっちにはわからないし

私には関係ない!と憤慨してたし

態度にも出していたつもりなのですが…。


自分のどこが悪いのだろうと、悩んだものですが

実は、このような人ばかり寄ってくるのは

「感情の学び」をするためだったのです。

かつて、過去世で「感情を抑える」修行をしていました。

お寺や教会という、世の中から遮断され

人が生活する世界から隔離され

人の世のエゴから守られていたため

当たり前な、人の感情や、つき合い方を知らないままです。

これらを学ぶために、感情を刺激する人達が

現れるのです。


過去世で、悩みを聞いてあげた人達かもしれません。

当時の信頼と懐かしさと、自分を受け止めてくれるという

甘えの感情が入り混じり、依存してくるのです。


今生では、一般人なので

すべてを、受け止めなくてもいいのです。

不条理には、異を唱えていいのです。

怒りが湧いたら、怒っていいのです。

不条理に傷ついたら、傷ついた!と

感情を表していいのです。

自分で手一杯なので、受け止め切れないことは

受け止められませんと言っていいのです。

第三者に相談してもいいのです。


決して、自分が悪いから、などと思わないでください。

いろんな角度から見ても、これは不条理だと思ったら

抗議してもいいのです。


自分さえ我慢すればいい、と

耐えるのも、ほどほどにしないと

大きな失敗に繋がるかもしれません。

私は何度も失敗しましたよ^^;


今生では、自分の感情を知り

健全に表現する方法を学ぶのです。

我慢に我慢を重ねて、大爆発してしまっては

大事なものまで壊してしまいます。

また、相手がぶつけてくるものを

すべて受け止めるのではなく

うまく、かわしたり、流したり

嫌なことは早く忘れるという、テクニックも学びましょう。


そうしていくうちに、人と上手に距離をとれるようになり

負担にならずに、人とつき合えるようになります。

それは、上っ面だけの人間関係ではありません。

距離を保てることで、逆に相手の深い部分を知り

親しい おつき合いができるのです。

お互いに、適正な距離を保ち

気遣いできるのは、親しいからこそ

できることなのですから。


自分にあてはまるわ、と思った方は

どうぞ、自分を責めずに、自分の感情を見つめてください。

もう、聖職者ではないのですから

一般の世界で、逞しく生きていきましょう (^▽^)



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